イーブンペース理論
〜脚を速くしなくても速く走れる方法〜

イーブンペースの有用性

 今の力でもっと速く走れる方法を知っていますか? あたなは本当に、今の自分が持っている力をレースで全て出し切れていますか? もしそれができていないとすれば、あなたはきっと今よりも上のタイムを狙うことができるでしょう。それを可能にするのがイーブンペースという考え方です。
 最初から最後まで一定のペースで走り切ることをイーブンペースと言います。一定以上のレベルにある長距離選手にとっては常識とも言える知識ですが、中級以下のランナーにとってこれを実現するのはかなり困難であるようです。それゆえ、この理論は世間的には軽く、または上級者向けの内容と見られがちで、むしろ前半から飛ばして、後半バテながらも完走するというのがベストだと考える人も多いくらいです。
 しかし、実際にはイーブンペースよりも合理的なものはありません。イーブンペースで走ることが難しいのは、結論から言えば、
自分でイーブンペースだと思っているペース配分が間違っているからです
 運動をすると当然、疲労が溜まりますが、長距離レースの場合は「いかに疲労を抑えるか」がポイントになります。これは、レース中に蓄積された疲労はパフォーマンスを阻害する(要するにスピードが落ちる)上に、一度溜まってしまうとレース中にそれを除去するのは難しいからです。このことから、長時間運動を続ける長距離走においてはいかに疲労の発生を抑えるかがポイントとなります。
 では、イーブンペースと疲労の発生にはどのような関係があるのでしょう。人間にはそれぞれ「乳酸性作業閾値(LT)」というものがあります。ある程度以上のスピードを出すと血液中の乳酸値が急激に上昇するポイントで、これを超えてしまうと急激に疲労を感じるため、パフォーマンスが低下します。つまり、必要以上のハイペースは疲労となって、結果的にレース後半の失速を招いてしまうのです。特に、スタート直後のダッシュなど、無酸素運動的な走りをしてしまった場合の疲労度は著しく、
それをレース中に体内で処理してパフォーマンスを改善することは、ほぼ不可能となります。また、ペースの上げ下げも疲労の原因となりますから、もし自分にとって最大のパフォーマンスを発揮したい場合は、一定のペースで押し切るのが最も効率の良い走り方だと結論づけることができます。
 イーブンペースを考える上で重要なのは、
後半の「借金」は前半の「貯金」を簡単に食い潰してしまう、ということです。そのため、もしオーバーペースでレースを展開した場合は、ほとんどは「借金」を抱えたままゴールを迎えることになってしまいます。ということは、前半で貯金が作れなかったとしても、後半で借金を作らないようにすれば、結果的にはオーバーペースの時よりは速く走れるわけです。レースは1秒でも速く走り、人よりも先にゴールするのが目的なので、そこに至るまでのプロセスは全く関係ないのです。


「イーブンペース『だから』勝負にならない」のではない

 確かに、「勝負に加わるなら、前半からトップ集団についていかなくてはいけない」という意見もあります。しかし、陸上競技の目的はあくまでも1位でゴールをすることです。だからこそ、私はそういう「勝負」をかける場合こそ、終盤の勝負どころまでにトップに追いついていればいいと考えます。勝負どころまでイーブンペースを守っていれば、オーバーペースの選手よりは余計な疲労を発生させていないので、最初から先頭についていくよりは有利な状態で勝負をすることができるからです。私がイーブンペースを推奨するのはこういう理由です。
 一方、これに対する反論として、「もしも先頭に追いつかなければ勝負にならないのではないか」「前半を抑えても、どうせ後半はペースが落ちてしまう」というのもあります。しかし、答えは簡単です。一見この二つの意見は異質のものに見えますが、実は答えは共通していて、そうなるのは単に実力が足りないだけ、ということです。
最も効率のいいはずのイーブンペースで先頭に追いつかないということは、どう頑張っても他に勝つ方法はないということです。完全な実力差があるとしか言えません。自分が最高のパフォーマンスをして負けるなら、それはもうどうしようもないのです。もしも負けた場合は、その程度の差で済んでよかったと考えるのが賢明であって、仮に最初から先頭で勝負をしていたら、もっと大きな差がついたに違いありません。少し試してみて結果が悪かったからといって、「やっぱりイーブンペースなんて使えない」と短絡的に考えずに、もっと深い分析・考察をしてみるべきでしょう。
 また、後半にペースが落ちることについては、そのペースがその時のその人にとっては結果的に速すぎたということです。身体は機械ではない以上、自己記録がいくつであれ、人間は調子の善し悪し、気象条件、地面の性質などによって適正ペースが変動します。つまり、
数字の上では遅いと思っても、その時の身体にとって遅いとは限らないのです。しかし、こんな簡単な事にも気付かない選手があまりにも多いのが現状です。どうしてもレースで自分の力を発揮できないと思ったら、もっと自分の走力を正確に見極めることも重要でしょう。
 イーブンペースを実行するにも、ある程度の下準備は欠かせません。ペース走などによるレースをまとめるための基礎的なスタミナの養成、そしてレースペースに慣れるためのインターバルなど、やらなければならないトレーニングはいくらでもあります。これらのトレーニングによって、自分にとって最適なペースを知り、その上でレースで勢いに任せて突っ込んだりしないように気を付ければ、きっと良い結果が得られるでしょう。


「生理的イーブンペース」という戦略

 また、「生理的イーブンペース」という考え方もあります。これはイーブンペース理論をロードレース等で活用できるように応用したもので、たとえば上り坂と下り坂、追い風と向い風など、異なる条件下で走った場合に、タイムという数字ではなく、エネルギーの消費量をできるだけ一定にすることを指します。走った条件が異なる場合に、もしも数字が一定のペースを示したとすれば、エネルギーの使い方は一定ではありません。言い換えれば、平地でスピードの上げ下げをしているのと同じ現象が身体の中で起こっているのです。
 イーブンペースで走る目的は、疲労の蓄積を抑えることにあります。そうなると、異なる条件下で表面上のイーブンペースを刻むことはかえって疲労を発生させることになり、本末転倒であると言えるでしょう。このため、
上り坂や向かい風のようなスピードが落ちやすい局面では、エネルギー供給量を変化させないようにペースを落とし(勝手に落ちる)、下り坂や追い風といった条件の良いところではペースを上げる(上がる)ようにする必要があります。そうすれば、エネルギーの消費具合は平地でイーブンペースを守ったのと同じになり、効率のよい走りとなります。ロードの走りで重要なのは、見かけのペースを一定に保つことではなく、エネルギーの消費量を上下させないことなのです。

(執筆:2001年/2015年1月18日 一部修正)

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