誤解だらけの長距離選手の筋力トレーニング
長距離選手が筋トレをする意味とは?

筋力アップのメカニズム

 長距離選手の筋力トレーニングについて、皆さんはどのような知識をお持ちでしょうか。「ウエイトトレーニングは必要ない」「補強だけは毎日やるべき」「軽い負荷で多くの回数をこなすのが重要」…。長距離選手の筋力トレーニングを考えた時、このような話はよく聞かれます。しかし、これらの説は何を根拠としているのでしょうか? 例えば、同じ「走る」という動作をする短距離系種目では、長距離選手とは比較にならないような「重さ」でウエイトトレーニングを定期的に行います。少なくとも、長距離選手が「補強は毎日やれ」と言われがちなのに対し、短距離選手が毎日ウエイトをやるわけではないようです。「長距離と短距離の差=パワーの差」という考え方であれば、この「毎日補強をやる」ということ自体も、根拠が薄弱であると言わざるを得ません。

 この違いはどこから生じるのでしょうか。また、違いが生じることが正しいのでしょうか。そもそも、長距離選手に必要な筋力トレーニングとは、いったいどのようなものなのでしょうか。

 まず、基本的なことですが、筋肉を強くするには、筋肉を破壊してその回復力を過剰にする「超回復」を起こさせる必要があります。回復が過剰な状態(超回復状態)では筋肉の機能も上がっているため、この状態で再び筋肉を破壊すればより強力な筋肉を獲得することができます。これが超回復の原理です。
 筋肉が破壊された状態は筋肉痛となって現れます。逆に、筋肉痛にならないようなトレーニングは、トレーニングとしての効果が疑問です。つまり、強化を目的としたトレーニングは基本的には筋肉痛になるように行う必要がある、ということが分かります(※最新の研究では筋肉痛を起こさないほうが効果を得られるそうです)。


「補強」の意味を考える

 筋力トレーニングの一つとして、よく「補強」という言葉が出てきます。一般的には、バーベルなどの器具を使わないで自分の体重を負荷として行う筋力トレーニング(腕立て伏せなど)を指すようです。ただ、これももちろん、普通は筋肉強化を目的として行っているはずです。ということは、これも超回復の理論に沿って実施する必要があります。筋破壊→超回復という流れが必要です。

 ただし、破壊された筋肉が回復するまでには時間がかかります。一般的には48時間で回復するとされています。ただ、そう考えると、筋力トレーニングを毎日行うことの意味は少し疑問の余地があります。本来、きちんとした筋力トレーニングを継続すれば身体は疲労します。しかし、その状態で無理にトレーニングを続けると、コンディションはいつの日か大きく崩れることになります。

 そもそも、「補強」と「ウエイト」に違いについて私は本質的な違いはないと考えています。「長距離選手にウエイトは必要ない」という説は、それほど根拠のあるものとは思えません。むしろ、バーベルを使ったほうが狙った部位をピンポイントに強化できるため、場合によってはこちらのほうが合理的にトレーニングができる可能性があります。逆に、補強は全身でバランスを取りながら実施することになるため、ウエイトよりもさらに複合的強化が期待できます。強化をメインにするのか、全身のバランスを整えることをメインにするのか。目的に応じて実施することが必要です。

 ただし、筋力トレーニングをする上では注意点があります。新たに筋トレを導入する際、最初は身体がトレーニングに慣れていないため、負荷をどんどん高めていくこともできるかもしれません。しかし、そのような急速な成長はいつかスランプを引き起こします。特に、バーベルを使ったウエイトをメインに強化をしていく場合、気がつかないうちに全身の筋力バランスが崩れてしまう場合があります。それを防ぐには、きちんと刺激→回復という流れを確立し、強化を進めながらも、全身の筋力のバランスが狂っていないか、走る際のフォームに無理が生じていないかを、細かくチェックしていく必要があります。


筋力トレーニングのタイミングと必要な筋肉量

 筋力トレーニングを実際に取り入れるタイミングですが、走練習の刺激が筋肉痛の状態ではやりにくいでしょうから、ポイント練習を実施した日に実施するのが理想だと思います。そうすると翌日のジョッグの日に筋肉痛が現れるため、次のポイント練習には差し支えません。このサイクルを確立できればトレーニングもうまく流れるようになるでしょう。

 ところで、筋力が強くなるというのは、筋肉が太くなることです。これに伴って「長距離の場合は筋肉を付け過ぎると走れなくなるのでは?」という疑問が湧くのももっともなことです。

 結論から言えば、筋肉を付けすぎることは長距離にとってマイナスです。しかし、走るためにはどうしても、ある程度の筋力が必要になります。つまり、「必要な筋力を発揮するために最小限度の筋肉」を維持しつつ、「これ以上重くなると走れない」というラインを把握していく必要があるということです。

 具体的には、身長160cm台までは「身長−体重」が110以上、170cm以上の場合は115以上を目安に身体を作っていくのがよいでしょう。出力を生み出すための臀筋、背筋をメインに強化しつつ、身体を支えるための腹筋を維持します。ふくらはぎ、腕などは太くならないようにして、その部分だけを鍛えるようなトレーニングは避けます。トレーニングの中で負荷がかかってしまうのは仕方がないとは思いますし、それは「必要最低限」の範囲だと思いますので、それ以上のことをしないようにすれば大丈夫でしょう。それでも、もしも筋肉がつきすぎてしまったように感じたら、筋トレを中止することも考えるべきです。

 筋肉を単なる「重り」にしてしまいがちなのは、主に末端部です。体幹部の筋肉は、積極的に強化する必要があるでしょう。これには力の伝達経路が深く関係しています。身体のどの部分を動かすにしろ、最初にエネルギーが発生するのは体幹部、主に身体の後方の筋肉からで、そこから力は末端部に伝わるのです。

 走りを例として説明しましょう。臀筋やハムストリングスで生まれた力は脚のスウィング動作を生み出し、大腿部から膝、そして下腿へと伝わっていきます。下腿から足に力が伝わり、足が地面と接した瞬間に地面を押すことで、身体は反発を受けて前に進みます。この力の伝達経路の途中に重りがあると、遠心力が働き、それを動かすために体幹はより大きなエネルギーを必要とします。だから、「体幹は太く、末端は細く」する必要があるわけです。この場合はスウィング動作をすることが目的ですから、下腿(ふくらはぎ等)の過度な筋肉は不要ということになります。腕を振る動作にしても、エネルギーを発生させるのは腕ではなく肩の筋肉です。腕を意識して太くする必要はありません。体幹トレーニングをやっていれば末端部の筋肉も必要な分だけはつくようになっています。

 初動負荷理論の提唱者である小山裕史氏の例を借りて説明します。ここにホースが一本あるとします。水を出す時に先端をつまんで細くすれば水は勢いよく流れますよ。これが「体幹が太く、末端が細い」ということです。一方、ホースの根元をつまんでしまうと出てくる水の勢いはなくなってしまいます。ホースを伝ってくる間にエネルギーが失われてしまうのです。これが末端部の筋肉ばかりつけた場合の結果です。


敢えて「短距離選手」を目指すという考え方

 「低負荷高回数」についても考察してみましょう。長距離走は走る距離が長い分、確かに競技中においては筋肉を使う時間が長いかもしれません。トレーニングが足りないとスピードの出るフォームが維持できなくなったり、後半に脚が止まりやすくなる面は否定できないでしょう。


 ただ、それらの問題を解決するのは本当に「低負荷高回数トレーニング」なのでしょうか? 私はそうではないと考えます。恐らく、それは普通にトレーニングをやっていれば自然と解決するのであって、「低負荷高回数トレーニングの効果」ではないと思うのです。言い換えれば、持久力の問題は、通常の走練習を行っていくことで大半をカバーできるように感じています。

 それよりも、筋力トレーニングを実施する目的として有意義なのは、筋持久力の強化よりも、最大筋力の強化ではないでしょうか。すなわち、スピードです。私は、長距離選手の「素質」と呼ばれるものの一つには、スプリント力を中心とする絶対スピードの差があるのではないかと考えています。素質のある選手とはすなわちスピードを出す能力がある選手のことで、素質のない選手はスプリント的なスピードがないということです(もちろん、これが全てではありませんが)。

 スピードを高めるためには、やはりある程度の最大筋力が必要です。最大筋力を強化しないと、元々スピードのある選手とそうでない選手との根本的な差はなかなか縮まらないでしょう。ただ、逆に考えれば、最大筋力を高めることは「素質」を人為的に作り出すこととイコールになり得ます。

 もっとも、長距離の走練習だけで最大筋力はなかなか強くなりません。そこで、短距離のトレーニングがヒントになります。最大筋力を筋トレによって獲得しようという考え方です。

 最大筋力の向上を狙うには、「低負荷トレーニング」では間に合いません。何十回も何百回もできるような低負荷トレーニングではなく、15〜20回×2〜3セットが限界になるような質の高い筋力トレーニングを行う必要があります。筋力を直接、長距離走における競技力に結び付けるには、このくらいの負荷がちょうどいいようです。厳密には「高負荷」と呼べるほどの強度ではありませんが、だからと言ってあまりに負荷を上げすぎると、走るのに邪魔な筋肉がついてしまう場合があります。トレーニングのやり方を間違う可能性もありますし、いくら筋肉を強化しても、競技力が落ちてしまうようでは意味がありません。筋トレは強くなるための一つの方法なので、それにこだわる必要はないのです。あくまでもメインは走練習であることを忘れないで下さい。

 それと、アイソメトリックトレーニングというのもあります。これは、身体を静止させて筋肉を硬直させ続けることによって負荷をかけるものですが、これに関しても疑問が数多く発生します。走るという動作の中で、筋肉が長時間硬直するようなことがあるのでしょうか? 筋肉に力が入るのは一瞬で、すぐに力は抜けるはずです。これは長距離でも同じ事で、筋肉は伸展→収縮→弛緩を繰り返します。回数が多いだけの話で、常に力が入りっぱなしではありません。そういう意味では、このトレーニングの効果はよく分からない面が多いと言えます。導入を考えるなら注意したいものです。


「補強」のもう一つの意味

 筋力トレーニングのメカニズムを知ると、ウエイトトレーニングの有用性に気付くかもしれません。しかし、「補強」にも侮れない効果があります。それが、全身の「調整力」です。

 筋力トレーニングも、どんなに正確に行ったとしても、身体はある種の「慣れ」を感じてしまいます。また、動作が単調になってくると、刺激の種類が少なくなり、筋力がアンバランス化します。そこで役に立つのが補強です。普段とは違った動作をすることで、筋肉にいつもとは別の刺激を入れることができます。また、全身のバランスを整える効果は、身体がアンバランスになった時こそ真価を発揮します。ウエイトと補強、「使える筋肉」を目指す上では、どちらも必須です。


筋力トレーニングの理解を深めよう

 長距離だからと言って筋力トレーニングが短距離選手と異なるわけではないことは、これでおわかりでしょうか。根拠もなく適当に行うトレーニングほど無駄なものはありません。何事もそれが正しいのかどうかを分析して身体を科学させることが、速くなるための近道であるはずだと私は思っています。

(執筆:2001年/2014年7月17日 一部修正)

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運動のメカニズム、筋力トレーニングの理論、実践方法などが詳細に書かれています。
非常に難解な本ですが、自力でパフォーマンスを考え、突き詰めていきたいという選手にはお勧めです。

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